研 究 課 題


 


ここでは,私がこれまでに取り組んできた研究を簡単にご紹介します。お読みになりたい項目をクリックすれば,各項目の行の先頭へ飛ぶことができます。
1.地理情報伝達の異文化比較: 人はどう地理情報をやりとりしているのか?
2.公共事業をめぐる住民間対立:  立場の異なる住民たちは,和解できるのか?
3.その他の研究テーマ:  世界遺産,メディア誘発型観光,放置竹林,近代仏音楽・・

 
1.人はどうやって地理情報をやりとりしているのかを突き止める
大学院の修士課程にいた頃に着想し,私の研究者としての出発点になったテーマです。人の地理情報伝達に及ぼす文化や社会の影響は,果たしてどのくらい大きいのか明らかにすることを目的としています。

私たちは日々の暮らしの中で,すんなり地図を読み,カーナビの音声案内を聞いて道順を理解したりしています。よく考えると,これは凄い情報処理能力です。紙に書かれた絵を見,言葉を聞いただけで,目の前に伸びる道をどう進むかが分かるのですから。しかもリアルタイムでそれができるなんて。最先端のロボットだって,これをスムースにこなそうと思ったら大変でしょう。

こんな高度な情報処理や行動が可能なのは,説明する側とそれを聞く側との間に,地理情報伝達の決まりごとに関する,相互了解が成立しているからです。その相互了解とは,一体どのようなものでしょうか?また,どこからどこまでが生まれつき備わっていて,どこからどこまでが成長の過程で培われてゆくのでしょうか?この疑問を解き明かすための研究です。

もともと,この研究を思いついたのは,アメリカの大学院に留学していた頃の経験がきっかけです。現地で目にした地図のほとんどが,右図(上半分)のようなものだったのです。ご覧のように,道路網と通りの名前以外,ほとんど何の情報もありません。色も白黒。私にはどう考えても見にくいとしか思えなかったのですが,彼らはこの地図を当たり前のように使っていたのです。逆に私の示した下の地図を「ごちゃごちゃしてて見にくい」と言い出すアメリカ人に,びっくりしました。どうみても,私たちが普段使いこなしている地図のほうが情報量も多く,デザイン的にも優れているように感じませんか?「アメリカは先進国,何でも日本と同じかそれより進んでいる」,そんな私の素朴な先入観に疑問符が付きました。

言葉だって,日本語や英語の別があり,一度日本語ネイティブになってしまえば,容易に英語を話せるようにはなりません。逆も然りです。地図だって同じなんじゃないか,とその時思いました。こんなみすぼらしい地図(失敬!)を当たり前のように使って生きてきた彼らと,私たちとでは,空間理解の仕方そのものが違うのではないか・・と考えるようになりました。

調べてみると,この疑問をちゃんと調べた研究者はほとんど皆無であることも分かってきました。というのも,関連する研究成果の大半は,心理学の人たちが挙げていたのです。それらの文献を読み進めるうち,彼らはもっぱら「人の心=個人」の能力差や,脳内の情報処理を効率化するノウハウ(Strategy: 方略といいます)に目が向いており,個人差の後ろへ広大に横たわる社会や文化の影響なんて,大して重要ではないと思っていることが分かってきました。そこで私は,異文化比較の視点から,地図や道案内文の内容を異文化間で比較分析したり,異なる文化圏の人を経路探索させる(=資料の指示に従って道を辿らせる)比較実験を行うことを通じて,何とか科学的に「地図や道案内表現を用いた空間理解や経路探索に文化の差がある」ことを示そうと考えました。

以下に,この研究について書いた論文をいくつか挙げておきます。興味を持たれたら読んでみてください。これらは皆,人の地理情報伝達に及ぼす文化や社会の影響が,果たしてどのくらい大きいのか明らかにすることを目的としています。

Click to download 鈴木晃志郎. 2000. 地図化能力の発達に関する一考察−生まれ持つのか,習得するのか−. 人文地理52(4): 65-79.
 
Click for Googlebook Suzuki, K. and Wakabayashi, Y. 2005. Cultural differences of spatial descriptions in tourist guidebooks. In C.Freksa, B.Nedel, M.Knauff and B.Krieg-Brückner (eds.) Spatial cognition IV, LNAI 3343. Springer-Verlag, Berlin: 147-164.
 
Click to download Suzuki, K. 2013. A cross-cultural comparison of human wayfinding behavior using maps and written directions. Geographical Review of Japan Ser. B 85(2): 74-83.


 
2.立場の異なる住民たちが,どう対話と和解をしていけばいいのかを考える
第二の研究テーマは,私が大学教員になって初めて取り組んだプロジェクトで,地域住民の意志は,地域社会,外部有識者や一般世論とどのように関わりあい,いかなる過程を経て形づくられていくのかを突き止め,尖鋭化したコミュニティの葛藤や対立は,どうすれば対話・理解,和解へと向かうのかを明らかにすべく進めている調査・研究です。

『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』で有名な宮崎駿 監督が,『崖の上のポニョ』を制作するにあたって二ヶ月ほど滞在し,構想を練ったとされる海辺の港町・・それが福山市鞆町,通称「鞆の浦(とものうら)」です。

鞆の浦は,万葉集にも記述がある,歴史の古い天然の良港です。瀬戸内の海運拠点として栄え,一時は城下町にもなりました。今も往時を物語る名所旧跡や,小ぶりながら素晴らしい木造家屋の街並みが残されています。しかしながらその反面,町内を走る道路は江戸時代そのままの狭さ。元が城下町ですから,外敵からの防衛を目的に,道は入り組んだ形で張り巡らされています。

車社会の到来とともに,その狭い道路を抜けて福山市内へとマイカー通勤する人々や観光客たちの車によって,朝夕には渋滞と駐車違反が発生するようになりました。また道路沿いの住宅では,騒音や振動,排気ガスに悩まされるようになったのです。救急・消防車は延着するかも知れず,狭い一本道では交通を遮断しての下水管の埋設工事もできない。住民の大半はいまだに汲み取り式のトイレを使用しています。

この状況下で行政から提案されたのが,スペースに余裕のある港湾部を埋め立てて幅員の広い道路を通し,ついでに駐車場を作ろうという道路橋計画でした。1983年のことです(=右の地図中央の
青い部分)。すでに鞆港を挟んだ両岸まで延びてきている道幅の広い県道(オレンジ部分)が,架橋によって最終的に結ばれ,渋滞が解消されるというアイデアでした。ですから,架橋事業を支持する人たちは口々にこう言います。「アンタ言葉使いからして間違っとるわ。“港湾架橋問題”なんて無い。あれは“港湾整備事業”・・」と。

ところが,この計画が公表されると,反対の声を挙げる人々が出てきました。鞆の浦は古き良き江戸の街並みが多くその姿をとどめ,土木建築学的にも貴重な港湾施設遺構が残る美観地区としての側面もあったのでした。もし架橋計画が実施されれば,港湾都市として栄えた鞆の【総体としての景観の調和】は致命的なダメージを被ってしまう・・反対の声を挙げた人々はそう主張しました(写真参照)。「景観権」をとるか「生活権」をとるか。鞆町に長い長い対立の時代が訪れることになります。

一般に,このように公共事業を巡って地域内に対立が起きている場合,行政や企業は悪玉とみなされがちです。か弱い無辜の民たちは,有識者や文化人とスクラムを組んで市民運動を起こし,ついには巨大な悪に勝利する・・という構図が定石でしょう。鞆にも2000年頃を境に,首都圏から高名な建築・土木工学の専門家が訪れ,街並み景観や港湾施設遺構の価値を裏づける調査を実施し,それをもとに架橋事業への批判を展開しました。実は私も,最初に新聞報道や書籍,テレビを通じて鞆の架橋問題を知ったときは,この構図が頭にありました。

・・ところが,観光目的で初めて鞆の浦を訪れ,たまたま入った一軒のお店で立ち話をしているとき,地元の方の口から出てくる言葉が,どうも外で聞いていたのとは違うことに気が付いたのです。海中に異物を建造する事に対して心中複雑ながらも,「橋は必要だから,架けて欲しい」,「渋滞や排気ガスは毎日の生活を脅かす問題」,「住んだ者でなければこの不快さは分からない」,「鞆の住民はみんなそう思っている」・・

予想外でした。マスコミなどを通じて聞こえてくる大きい声だけではなく,生活の現場にいる側の小さな声をも丁寧に拾い,双方の言い分に耳を傾けなければいけない,価値判断の手助けになるようなデータを中立の立場で誰かが作り直す必要があるのではないか・・私はそう考えるようになりました。それがこのプロジェクトを始めるきっかけになりました。

景観を守れ!というのは簡単なことです。しかし,「実際に暮らしてもいないくせに・・」と頑なになる住民の気持ちも,我々外部の者には無視できない重みがあります。観光地として成長しようとしている鞆の浦は,今後どのようにすればうまくやっていけるのでしょうか。こじれてしまったかに見える住民間の対立は,どうすれば和解や相互理解へと繋がっていくのでしょうか。大きなチャレンジであり,課題です。


Click to download 鈴木晃志郎・鈴木玉緒・鈴木 広 2008. 景観保全か地域開発か: 鞆の浦港湾架橋問題をめぐる住民運動. 観光科学研究1: 50-68.
 
Click to download 鈴木晃志郎 2010. 観光案内図の範域と地物からみた鞆の浦の観光圏. 地理情報システム学会講演論文集19 (CD-ROM).
 
Click to download 鈴木晃志郎 2014. 住民意識にみる公共事業効果の「神話」性とその構成要因−鞆の浦港湾架橋問題に関するアンケート調査結果を用いて−. 歴史地理学56(1): 1-20..


 
その他のテーマたち
ほかに:
 
1.世界遺産登録と観光をめぐる諸問題
2.大都市圏におけるメディア誘発型観光(Media-induced tourism)のあり方についての研究
3.放置竹林の拡大メカニズムの解明と,その抑止策の検討
4.リージョナリズムと近代フランス音楽の展開
5.運転代行業の実態調査
6.迷惑施設をめぐるNIMBY問題(主に文献研究)
7.電子地理情報倫理の構築
8.怪異(お化け)の地理学
・・などについても,研究や執筆活動をしています。

せっかく観光学の世界に身を置く機会を頂いたのですから,最近はできるだけ積極的に未知の分野へと挑戦するようにしています。地域活性化・観光振興目的で行われてきたフィルム・ツーリズムの再評価,プロパガンダや権威づけ目的で進められる世界遺産登録の政治性,迷惑施設をめぐるNIMBY問題,運転代行業を通じた都市研究,放置竹林の拡大メカニズムとその抑止策,あるいは社会史的なアプローチに基づく地誌研究・・など自由にテーマを選び,できる範囲で調査を進めて論文にまとめています(※就職に苦労した私は思うところがあって,「書ける限り書く」ことを大事にしてきたのですが,富山大に移って5年も経つとこっちの数も増えてしまって,最近は自分が何学者なのか,最早完全に分からなくなりました・・)

このほか,本業のかたわら少しずつ,近代音楽(特にフランス近代音楽とその周辺)に関する論評・執筆活動をしています。父の影響でドビュッシーやラヴェルの音楽に親しんできましたが,色々と聴き進むうち,彼ら有名作曲家の影にどれだけ多くの作曲家が埋もれているかを知ることになりました。素敵な曲をたくさん書いたのに!前衛音楽へと雪崩を打って進んでゆく時代から取り残され,耳を傾ける人もまばらなまま忘れ去られようとしている可哀想な作曲家たち。彼らにもぜひ再評価の光を当ててあげたい・・そう考えての,ささやかな活動です。


 



 





 

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